ジャンルを問わず相武台病院のご紹介!
テレビのワイドショーに新しく、「来るべきものがついに来た」という雰囲気が、紙面や画面から立ちのぼっていた。
厚生省のエイズサーベイランス委員会の委員長であるS.Y名誉教授は、一九八七年を「エイズ元年」と宣言した。
一部の男性同性愛者だけでなく、ごく普通に生活している人たちにも危険が広がる恐れが出てきたからで、私たちも日本にとっての『エイズ元年』と深刻に受け止めている。
厚生省や兵庫県発表による情報はかなり詳細で、追跡取材は「松本事件」をしのぐものとなった。
この女性は発表の三日後に死亡した。
マスコミ各社は神戸に殺到し、女性患者をつきとめる“スクープ合戦”、が始まった。
写真週刊誌にこの女性の遺影が掲載され、「あえて写真公開!感染防止こそ至上の急務だ!エイズ死したこの“神戸の女性”と接触した人はいますぐ検査を!」というキャプションを見た時のショックを忘れられない。
彼女の実名や子どもの頃の写真をのせた記事もあった。
騒いでいる雑誌や新聞、テレビはいくつもあった。
各社は競って女性の性関係の洗い出しとエピソードを求めて、病院や外国人相手の歓楽街、葬儀にまでおしかけた。
女性の実家の周辺に待機し、両親への取材のチャンスを狙った。
女性と親しかった男性や“客”の男性を探す取材攻撃も猛烈だった。
連日の報道で不安にかられた人たちが、エイズ電話相談に問い合わせを行った。
半月の間に神戸だけでその件数は一万五〇〇〇あまりになった。
抗体検査を受けた人は一ヵ月で一万人にのぼる。
保健所に検査に行く人たちの写真を撮ろうとして、カメラマンが群がった。
そして二月、今度は高知県で、エイズに感染した女性が妊娠し、まもなく出産する、というニュースが流れた。
号外を出した新聞社もあったという。
感染者の氏名や地域は明らかにされなかったものの、かなり立ち入った細部の情報が様なメディアを通じて報道された。
それは以前に、ひとつの事件が起きていたためだった。
前年の秋、県内に住む一人の血友病患者が交通事故でケガをした。
その人がHIV感染者であることを病院から伝えられた消防署はパニックになった。
彼の救助にあたった救急隊員三人は、エイズの抗体検査を受け、そのとき使用した衣服や毛布、タンカなどを焼却した。
医師からは彼らに夫婦生活に関する指導があった。
検査の結果が陰性と出るまで、各人専用の食器や寝具を使った。
たとえ陽性であったとしても、食器や寝具の共用から他人への感染はありえないのだが……。
そして、この事故を起こした血友病の男性と、交際のあった女性たちの情報が洩れていった。
そのとき陽性と判明した女性が、今回の「高知事件」の当事者だった。
彼女が自分の感染を知らされた時は、すでにこの男性とはつきあいをやめていた。
そして別の男性と結婚し、妊娠した。
妻が妊娠してから感染を知らされた夫は激怒し、病院で騒動になったという。
幸い夫に感染はなく、母子感染が心配されていた赤ちゃんも感染していなかった。
その後この夫婦は離婚した、と伝えられた。
取材に入ったマスコミの中には、妊婦がいると思われる病院や自宅、血友病の男性が入院している病院に入りこもうとしたところもあった。
マスコミの論調は、一人の感染者から性行為によってエイズが広がっていく怖さを強調した。
妊娠した女性について、「なぜ中絶をしなかったのか」と責める識者が目立ち、女性団体からは「産んでなぜ悪いのか」と批判の声があがった。
高知では「神戸事件」のように、エイズ患者の写真や実名を出すことはなかったが、報道のしかたはスキャンダラスで、個人のプライバシーに立ち入ったえげつないものだった。
そして口コミやデマによる小さいパニックが県内のあちこちでおきていた。
女性従業員の一人が感染者だとデマを流された飲食店は、客足が途絶えて倒産した。
ウワサをたてられて産婦人科の外来患者が激減した公立病院では、「数日前より話題になっているエイズ感染妊婦は当院で受診している患者さんではありません。
安心して受診して下さい。
院長」と貼り紙を出した。
そのため病院の見識が疑われ、県の指導もあってあわてて撤回された。
松本、神戸、高知の三ヵ所で起きた混乱は総称して、日本のエイズパニックと呼ばれている。
私は「神戸事件」の時、胎児診断の番組制作を一時中断して、新しい性感染症、クラミジアの流行をリポートする番組を作っていた。
千葉や埼玉の性病クリュックや歓楽街をウロウロして性病の取材をしていたので、当然エイズの話が出る。
ソープランドで働く女性たちは、笑いながら、インタビューに答えた。
それでもなお、エイズはまだ私にとって遠い病気だった。
エスカレートする「神戸事件」の報道にはよく目を通していたが、ただそれだけだった。
HIVは一九八三年、フランスのV研究所のM博士によって発見された。
そして感染径路も、血液との濃厚な接触(輸血や血液製剤、注射針の回し打ちなど)、性行為、母子感染の三つに限られることがはっきりしてきた。
通常の日常生活での接触では、感染した例がない。
HIVの感染力は弱く、血液と精液の中に特に多トので、これさえ気をつければいいのだ。
微量ながら唾液や汗、涙、尿などにもウイルスは含まれているが、専門家は、「バケツ数杯分の唾をいっぺんに飲まない限り、キスでは感染しない」と笑う。
感染者と一緒に鍋物をつついても、コップを回し飲みしても心配はない。
プール、風呂、便器を共用したところで大丈夫だ。
感染者と共に暮らしたり、学校や職場で勉強や仕事を一緒にしたために感染した人はいない。
「セックスの時にきちんとコンドームを使えば感染は防げる」と言われていたし、そのような情報も流されてはいた。
しかしパニックの時には、まるでエイズは日常的な接触でも感染するかのような、誤ったイメージが広がった。
報道機関はこのような偏見や誤解を解いて、正しい知識を普及させるために機能しなければならなかった、が、むしろ恐怖を煽る方向に向かった。
「エイズ=死」、「不治の病」というメッセージが強調された。
なぜか日本人にはめったにいないのだが、アメリカのエイズ患者に多発していたカポジ肉腫のなまなましい映像、がくりかえし流されて、おどろおどろしい病気のイメージもゆきわたった。
加えて、性感染症であることからくるスキャンダラスな匂い。
エイズパニックは、思わぬ形で私の仕事にはね返ってきた。
棚晒しになっていた胎児診断の番組でインタビューを済ませていた血友病患者やその家族から、「放送するなら撮り直しをしてほしい」と言われ始めたのである。
エイズパニックのなかで、「血友病=エイズ」という見方が強まり、血友病患者は感染の有無に関わらず、血友病いうだけで様な迫害を受けるようになっていた。
病院での診療拒否をはじめとして、職場、学校、地域などで差別や排除が始まっていた。
一九八七年二月の段階では、厚生省の発表で全国のエイズ患者は二九人。
そのうち二八人が血液製剤によって感染した血友病患者である。
だが男性同性愛者や麻薬常用者の感染が少ない当時の日本では、HIV感染者の大半を血友病患者が占めていることは事実だった。
血友病患者は社会から身を隠し、息をつめて暮らしていかなければならなくなった。
「高知事件」で、血友病の男性に焦点があたった影響も見逃せない。
医師の判断によって血友病患者へのエイズの告知が行われなかったり、遅れたりしていた時期の二次感染である。
医療サイドにも準備不足や混乱があって、告知後のカウンセリングやフォローも十分ではない時代だった。
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